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中崎町のやさしい色

今月に入って、中崎町の小学校(済美小学校)が、いよいよ取り壊され始めた。

今はまだ外門の壁から壊しているところ。

いつもは門の外から眺めている校舎の全貌が、表通りからもよく見渡せるようになった。

もうずいぶん前から廃校しているのですが、ちょうど私がこの小学校の隣りのマンションで、セッション活動を始めた年から、地元の活動の集会所に使われだし、夏は盛大な盆踊りに、地蔵盆の神輿が街を練り歩く出発地点になったりと、廃校になった後でもなにかと人が集まる場所として、ある意味、中崎町のシンボル的存在だったように思う。

昭和の良さが残った今では珍しい建築物・・・
調べてみると、1916年に創立したそうな。
(94年もの長い歴史があったということ!)
第二次世界大戦時の空襲も逃れたのだから、歴史が古く残っているのは当然。

私が、この中崎町をセッションルームの場所に選んだ理由は、この小学校のやさしい肌色の壁が決め手だった。

今のセッションルームに引っ越す前は、小学校のすぐ隣りのマンションで活動していました。

周囲の街並みは、ほとんど高層マンションや、灰色のアスファルト道路で占めているので、中崎町の古びているけど木肌が残る建物や、特にこの小学校の明るい肌色で織りなす色彩は、どこか癒される雰囲気があった。

工事日程表を見ると、来週から本格的な解体工事に入るようで、

「4トン車が1日平均5台は出入りします」

という内容のことが書かれてあった。

当分の間、中崎町周辺の場のエネルギーが慌ただしくなりそうだ。


そういえば、春先の一時期は、
グラウンド場が深く掘り起こされての、遺跡調査などが行なわれていたなぁ~。
あのとき、なにか珍しいものが発掘されたのだろうか?

(あとで知った情報によると、遺跡は中世から近世の村や集落の住居跡だったそうです。日本の歴史で言うと、鎌倉~江戸時代の頃に相当します。


3年ほど前に、戦前か戦後か?それくらいの時期に開業したであろう、町の古くからの酒屋さんが閉店し、今はローソンになってしまったこと・・・など、ここ中崎町でワークルームを始めた当時のことをいろいろ思いだしながら解体作業を横目で見送った。

そんな一方で、梅田駅周辺は、JR大阪駅の伊勢丹デパートの建築に、阪急百貨店の改築工事、それを見越した上での高層マンションの建設(改築)ラッシュ・・・どこに行っても工事現場に遭遇する近頃。


それでも、この小学校だけは、そのまま残っておいて欲しかったなぁ~。。。
せめて、小学校の外観はそのまま残して、美術館とか、演劇場とかになっても良いくらいの趣はあったと思う。


と、ここで生まれ育った訳でもないのに、
とても寂しく、名残り惜しく思う近頃です。


最後まで見届けていくことにします。


ほんの数年間のおつきあいだったけど、小学校の存在にありがとうと言いたい。



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