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トイレの神様

どこかで流れていて、耳に残った最近の一曲。

「トイレの神様」植村花菜



近頃は街の中を流れるバックミュージックに耳を止めることが少なくなった。

これはそこそこ年齢を重ねたせいなのか?
それで時間が過ぎるのが早く感じている1つの現象なのかも知れない。

そんな中で何故かこの歌手のシンプルな歌声に、耳が立ち止まった。
歌詞を頭で理解するよりも先に。


Youtubeで歌が聴けます。




これをフルで聴いて、泣けた。


自分のおいたちと重ねてみる。


6歳から父子家庭で育ったので、この曲に出てくるおばあちゃんは父に置き換えられる。

私の父は、他の人よりもいろんな事を器用にこなせる人で、いつも周囲に人が集まって来るような人。


私が小学校にあがるときから、彼から生きるための知恵を教えてもらってきた。


掃除、洗濯、料理、裁縫、畑を耕すこと、日曜大工、壊れた物の修理、他人に奉仕することの効用…など。


一番よく言われてきたこと。

既製(既成)のモノに頼らない。
既にあるものは、自分なりに活用する方法を考えることと、
無いときに、すぐそばにあるという理由だけで
既成(既製)のモノに飛びつくのではなく、
自分で工夫してそれを更に超える方法を見つけること。

そんな発想が行動のベースになっている父は、
たまに妙~なことまで教えたりすることもあった。


tama01-line.gif





この曲に出てくるトイレ掃除のシーン。


私には、トイレ掃除といえば、別のエピソードがある。


あまりにも強烈なので、なかなか他人に話しするタイミングがはばかられるエピソードだ(苦笑)



ある日突然、父がよそのお宅で使われていたであろう洋式便器を家に持って来て、私にこれを洗いなさいと言った。

あれは、この曲と同じで、まだ私が小学校3年生の時。

便器はどうやら、取り壊したよそのお宅のものを大工さんから誰かその筋の知り合いから貰ってきたようだった。

父は大工でもないが、自分の家を1人で増改築するのも好きだったので、きっと新しく作る部屋に使うつもりだったのだろうかと思えば、「壊れてもいないし、まだ使えるからや」との事。
(↑ 保管していてどこで出番があるんだろう?と思った)


その時、私は洋式トイレ便器の洗い方をみっちり細かく教えられた。

その便器は、当時ではまだ地元に普及率の少なかった水洗式の便器。
当時の自宅の便器はすでに洋式だったけど、昔ながらの大きく穴が空いたのポットン便器だったから、それに比べたら、水洗式は構造が複雑である。

「なんで、よそのお宅の人が使ってた便器を洗わなあかんねん」

「こんなん普通、専門の業者が洗うんちゃうの?」

内心そう思いながら、
外からは見えない便器の裏側や隅っこのこびりつきや、斜めから表面を見てようやく気づく程度の薄いススも綺麗にすることとか、ブラシでこするだけでは取れない箇所の落とし方を、まるで職人技を教えられるかのように、教えられた。

「ほら、まだここに汚れがあるやろ」

何度きれいに洗っても、父のOKが出るまでどれだけの時間がかかっていたのだろうか。。。

自宅の玄関前で。

どれくらいかけて洗ったか覚えてないけど、幼い私にはとっても長い時間だった。





あの便器はどうなったんだろう。。。


その後の行方はよく覚えてない。
確か、近所のお宅が建て替えするときに、譲ってあげたのだったっけ?


あれだけ時間をかけて、知らない他人の汚物がついてたのを頑張って磨いたのに、あっけなくよそ様のお宅に行ってしまった事は今でも不可解で、どうして彼は、まだ小学生低学年で、ブラシを持つ手の握力がさほどもない娘に便器を掃除させたのだろうか…


今でもナゾだー。


トイレ掃除(特に便器)をするたびに、今でも当時のことを思いだす。


自営業なので父は今も現役で働いているが、今でもちょっと変わったことばかり言っている。


しかし、彼の、人が見逃しがちなところを丁寧に見て、考えていくというプロセスを重視する傾向は、ロルフィングに関心をもちはじめ、いづれロルフィングを生業にした今の私にとって(つい最近だけど)共感できる部分を発見するようになったし、また、こういうことを彼と共有できるようにもなってきたように思う。

当初、ロルフィングへの理解も皆無だった父も、最近は私がロルフィングのことや、ロルフィングを通じて得たものを彼に時々紹介したりするうちに、彼自身の発想と似たものがあることに気づきはじめ、難しいことは判らなくてもコンセプトは理解してくれるようになった。


うまくは書けないが、
彼の職人仕事も、私がロルフィングでやっている事も、もともとは同じことなのかも知れない。


相変わらず、父はカタカナ英語の「ロルフィング」の名前を覚える気はないし(笑)、私が何をしているかはよく判ってはいないが、おそらく私の近しい人の中では、父が一番の「私のロルフィング」への理解者だと思う。



tama01-line.gif




「トイレの神様」の歌を聴いて、改めてそんなことを想いめぐらせました。


この父の子供に生まれて良かったです。


ロルフィングが生活の一部になっていきてる今、より強くそう思う。
歌を聴いて、一巡した気分になりました。


この曲の歌詞さながら、

” ホンマにありがとう "




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