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物質文明でも学べること

インターネットの広告欄に見慣れたロゴが!と思いクリックしてみると、前職で長年勤務していた会社でした。

※企業広告ですので関心がない人はスルーしてくださいね★
http://flexdog.teijin.co.jp/

リンク先に登場する導電性フィルムは、私が所属していたPETフィルム部門とは別部門の製品ですが、フィルムって、私達の日常生活で見かける製品や、一般の人々に直接触れる製品にならなくても産業用の生産プロセスの合間合間に多く使われています。

化学の領域で思うと、今のロルフィングの仕事と前職との関連性が意外にたくさんあって、初めて生身の人間の構造を物理学・生物学・化学として勉強しはじめたとき、基礎レベルながら前職で仕入れたケミカル製品の性質や化学組成のベースにあったので比較的、耳なじみよくお勉強することができました。

中学生の家庭科の授業で(とても簡単な表現になりますが、^^;)
「石油を溶かしたものを三角形△の孔で出来たシャワーから練り出すと、ケミカル繊維ができて、その性質と強度はほぼ絹糸と似ていたという新発見から化成品の研究が発達していった」という化学繊維の歴史を習った記憶が強く印象に残っていますが、その時なんとなく「三角形は普遍的に安定した形なんだなぁ」と理解したのを覚えています。

石油は、いきものが死んで、それが長い歳月を経てできる物質です。
石油がケミカル製品に変身してから更に活用される道のりと、生きた人間の構造や組織の性質は、可塑性や導線性、弾性や構造の形などによって個体の特徴が現れてくる、という点では共通しているのが面白いと思います。

(余談)私はたまたま家庭科の授業で「お勉強」の中で三角形や「安定した構造」の意味を知りましたが、人によっては幼児期くらいの日常生活経験から手や身体でそれを体験学習する人もいれば、大人になってヨガ教室に通い始めてようやく体感として実感できる人、あるいは一度は身体を壊すまでそれが理解できない人、色々なケースがあると思います。





ここから話は少し違った方向に展開してまいります(笑)

私自身は、肌に触れるものや食べ物などに直接触れるケミカル製品には弱い体質ですし、そもそも人工的に化学合成されたモノって、今どき環境のことを考えると煙たがられる存在ですが、ケミカル製品ももともとは石油であり、彼ら(石油)の過去をさかのぼると動物や植物だったりして、有機的な物質なんだなぁ~ということに気づきます。

オーガニックな生活をとても徹底している人でも、そういったケミカル製品、いえ、見た目に全くケミカルでなくても体裁のよい最終製品になっている途中の過程では、概ね化成品のお世話にはなっています。資源をムダに消費するのではなく、そういった文明の便利で効率のより側面との共存がこれからの時代の鍵になるのかなぁ~。。。

。。。と、日々、クライアントさんの生身の身体を扱わせていただきながら、そんなことが頭に浮かんできたりします。さっきまでガチガチのパリパリだった筋膜がふっと緩む瞬間や、トロトロ~と脳脊髄液のタイド(波)を手で感じ取っているあいだとか(笑)

地球上にある自然・生命・物質・空気なんて皆、化学や物理の世界で考えると、どれも平等なものだと思います。

人間は、つい知性をふりかざして、本来はそれ単体でも有機的な肉体を操縦しようとしがち。そのせいで自分の肉体や心に無理を生じさせていたり。

自分以外の他者や他の生物や自然、物質や空間にも、同じような組成があると想像できる(又は感じ取れる)身体があれば、単に痛みがない、というだけの域を超えたところにある「快適な身体」に近づけるのではないかと思います。
自分の身体や心に起こっている「痛み」や「不快感」ですら、化学的な反応の1つだと理解できれば、もっと賢い身体の運用の仕方を考え始めることができるのではないかと思います。

まずは、
自分1人の単体のカラダの中でも、日なたと日陰の両方で共存できる、

それから、
自分と自分を取り囲む環境の両方に意識を向けていられる、

そんな心と身体の余裕をいつも心がけていたいものです。




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