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最近の近況(6〜8月)

暑い日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

かれこれ2ヶ月もブログ更新をしておらず、トップ画面に広告が掲載されておりました

6月〜8月にかけては、私自身たくさんのイベントがてんこ盛りで、なかなかブログ更新をすることが出来ずにあっと言う間でした(^-^)


6月は、バイオダイナミック・オステオパシー(フェーズ7)の研修、7月は、エソテリック・ヒーリング(パート2&4)の研修、後者は運営スタッフとしても関与しているため、その準備やテキストの翻訳業の方でも追われていた感じです。

エソのパート4のクラスは、2013年よりコースが開始され、丸2年の課程を経て基礎カリキュラムが修了となり、今回のクラスで、エソを学ぶお仲間さんが増えました。継続して学びの場をご一緒させていただいた事、そしてこのあまり多くの人に知られていないワークのお仲間が出来た事はありがたいなと思っています。


エソテリック・ヒーリングの翻訳は、ロルフィング関係の翻訳よりも更に精妙なエネルギーの話や哲学、瞑想的な思索も扱います。この手のジャンルの翻訳に耽ることも、深いボディワークを受けながら、瞑想中と同じような活動をしているような事になっていますので、結講な体力や気力の修練になっています。これもまた、自身にとっては、よいお仕事をさせていただいていると思います。


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バイオダイナミクスもエソテリックも、ワークショップは、年々と学習レベルが高くなってきているため、今年は更に密度の濃いと感じる研修でした。


私にとっての研修は、自分が生徒として学ぶと同時に、心身ともに日頃のメンテナンスにどっぷり浸れるリトリート月間でもあります。それを経て、またクライアントさんへのよりよいセッションと自分自身の日常生活に還元できる元種のような日々です。


15年前に初めてロルフィングを受けた時よりも、実際のからだの制限などが減ってきていますから、この手のワークショップは、自分の心身にしがらみが無ければ無いほど、次の新しい情報への取り込みも能率が上がるというのも、更に実感しています。


ブログでご報告したいことや皆さんとシェアしたいことは、とっても沢山あるのですが、体験が深くなるほどに、おいそれと活字化して表現することは難しく、また私自身が、このいい感じで仕上がったコンディションを、更に追熟させるためには、さっさとブログとかに書いてしまうよりも、暖めて観察する期間をもつことで、更に気づきが深まるという事もあって、ブログをお休みしていました。

(それと単純に、忙しすぎて、ブログを書く暇もなかった…というのもあります・笑)


なので、また後日になりますが、時間ができましたら、カレンダーを遡って順にご報告ブログを書いていこうかと思っています。


※ Facebookページの方は、なぜかサクッと更新できるので、ブログが止まっている時はfacebookも覗いてみてください Facebookも基本的に気まぐれ更新です。

https://www.facebook.com/rolfing.ease



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そして、9月は、またまたエソテリック・ヒーリングの研修で休暇をいただきます。


研修休暇のお知らせ
http://easeofbeing.blog101.fc2.com/blog-entry-353.html




エソテリック・ヒーリングは、これまでに、トム先生、ジュディ先生、エレカ先生、ピーター先生から学んでいますが、研修会場は、日本の都会の雑居ビル的なところから、富士山麓の比較的自然がある場所まで、様々なロケーションの中での受講を経験しています。そして、9月はオーストラリア・メルボルンに参ります。自然に恵まれて電磁波などの干渉の少ない土地で受けるワークショプでは、どのような感性の受け取り方の違いがあるのか、今から興味しんしんです。


この手の繊細なエネルギーを扱うワークを学ぶ場所は、理想だけを言えば、もちろん環境汚染や電磁波や騒音のない場所が望ましいのですが、ジュディ先生のお言葉をかりれば、「そもそも日本はそういうのに適した場所が少なすぎる」そうです。


そりゃあ、ごもっともですよね (^-^)


環境が許す限り、なるべくそのような所で学んだり、休息したりができるに越したことはないですね〜。

それでもここに住んで、なんとかやりくりして生きている私達は、ある意味では、「タフに生きれている」とも言えるのではないでしょうか。

なんでもかんでも身体や心によい環境を望んでも、入手しずらい国土に住んでいるからこそ、尚更、自分自身の肉体的・精神的・エネルギー的な生きる力を装備していくことも大切。。。。


でも一度は、本当に理想的な環境での体験というものを味わってることも、タフな環境に順応すること以上に大切だとも思います。

ロルフィングのトレーニング時の体験からしても、私的には、やっぱり海外で日常の雑多なことから完全に切り離された環境で新しいことを学ぶ方が、気持ちがいいし、受け終わったあとの余韻が長続きするような感じがしています。
さて、今回はどうなるのでしょうか??


そういう訳で、メルボルンはほんの短い日数ですが、楽しんでこようと思います!

オーストラリア、渡豪は、ロルフ・ムーブメントの認定トレーニング以来なので、8年ぶりです。





話は戻りますが、

8月の京都と琵琶湖でのエソテリック・ヒーリングの研修でも、ずいぶんとレベルアップ?自分の感性に磨きがかかったと思います。

9月の休暇までにも、エソテリック・ヒーリングのセッションは絶賛受付中です!
もちろん、ロルフィングやクレニオセイクラル、そしてバイオダイナミック・オステオパシーもヨロシクです!

多角的な視点から、クライアントさんに合ったワークを提供させていただけるかと思います。
ご関心ある方はどうぞ、遊びにいらしてください



ease of being
宮本貴代


大阪・梅田でロルフィング - http://easeofbeing.jp/
重力に逆らわない姿勢と動作。内側からにじみ出る心身美の探求。


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| 私的つれづれ | 14:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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2015年もよろしくお願いします!

新年あけましておめでとうございます!

ご縁があって交流させていただいた皆さま、
クライアントの皆さま、
昨年は、大変お世話になりました!

2015年もどうぞ宜しくお願いいたします


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昨年を振り返りますと、

奇跡のコースの実践者ゲイリー・レナードさんの来日講演を皮切りに、エソテリック・ヒーリングのジュディ先生、コンティニュアム・ムーブメント教師のドナリア先生、お亡くなりになったエメリー・コンラッド先生…など、クロニックが主催するイベントのスタッフとしての活動が多く、例年になく、海外から来日する先生方のお迎え業務に忙しい1年でした。

またイベントやワークショップに集まる参加者さん達との出会いも新鮮で、自分とは違う分野で活動されている方々からいつもよい刺激をいただいています。


特に2014年は、ゲイリー・レナードさんの来日滞在中に直接交流させていただいた経験が、私にとってちょっとした出来事だったように思います。(詳しく書き出すと止まらないので、また今度〜)


ゲイリーさんとの交流が意味のあるものとして感じることができた背景には、私が7年ほど学んでいるバイオダイナミクス(兼エソテリック・ヒーリング)の教師、トム・シェーバー先生の存在があります。特に、この2〜3年ほどは、お会いする度に、私自身の身体構造とエネルギーの両側で変化しつつある段階を嗅ぎ分け、継続的に、かつ、遠巻きに、必要な指導とサポートを提供してくださる土壌があってのことかと思います。


ジュディ先生から現在学んでいること、直接教えていただいた事は、今後の私の暮らしにとって大きな礎になりそうです。ジュディ先生が75歳でもあんなに思考明晰なのも納得です。40歳も過ぎてから改めて「学び方」を学ばせてもらった気分で、身の回りの日常を少しづつ整頓していこうかと企み中です。


他には、ソースポイント・セラピーのボブ・シュライ先生やドナ・トムソン先生。彼らは、肉体としっかり繋がりながらも、魂が望む姿に気づいている事の重要性を、それをシンプルな形で教えてくださったのも、私の体験に彩りを与えてくれました。


どの先生方との間にも、ザ・師弟関係!というような契約もなにも存在しないのですが、そういった先生達が、いつ・どこにいても(文字通り、地球の裏側に居ても、物質的空間の外にいても)、私に必要なサポートを提供してくださるという恵まれた環境に感謝あるのみです。


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そんなふうに、
この数年間、それぞれ別の各方面を同時進行で、いつも目の前にやってくる流れに任せてやってきた事が、昨年あたりから、何か1つのものに統合しはじめたような実感がしています。


肉体を持って生まれたからには「身体が整ってこそナンボ」とはよく書いてますが、身体の「健全」を突き詰めていくと、そこには、エネルギーや魂の目的などスピリチュアルな面での気づきが培養液になっていることがわかります。


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日々の個人セッションの方(こちらが本業です・笑)は、ご来店されるクライアントさんのニーズも年々、多様化してきています。

ロルフィング10シリーズを受け終えた方なら、詳細にご自身の状態を観察する目が育っておられるので、どんな施術方式であっても、よりクライアントさんの状態に適した提案ができるよう、今後のセッションに反映させていきたいと思います。


2015年も新しい計画が目白押しで、たくさんの人達との新しい出会いがありそうです。

(クライアントさんには、今年もところどころで出張で不在になりご不便をおかけします…)



今年も私とご縁がある皆さま方と一緒に、

 「健康であること」
 「生きること、学ぶこと」


を楽しめたらと思っています。

皆さまにとって、豊かで健やかな一年でありますように






大阪・梅田でロルフィング - http://easeofbeing.jp/
重力に逆らわない姿勢と動作。内側からにじみ出る心身美の探求。


| 私的つれづれ | 05:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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7年ぶりの再会&ホーム

今日は7年ぶりにボールダーの友人と再会し、今夜はとってもホームを感じる1日でした。

8年前、英語がつたない私が現地の知り合いも居ない中、日本に居ながら、現地で日本語が通じるモデルクライアントを探す過程でお知り合いになった日本人の方です。滞在中は、ロルフ研究所でのトレーニング以外の日常でお世話にもなり、色んなサポートを与えてくださった大切な人です。

今回は、その方が16年ぶりに日本に里帰りすることになり(16年ぶりってすごい!)、彼女の故郷のご家族も含め、きっと彼女と地元で会いたがっている人はたくさんいるにも関わらず、わざわざ大阪(ボルダーと比べたらせわしない)に足を運んでくださったことがとても嬉しかった~。

この方と出会うキッカケは、私と同じように英語で苦労をした先輩ロルファーからの紹介だったのですが、この時期に出会った人達との繋がりは、今でも自分の構成要素の一部になっていると今でも感じます。

7年間お会いしていない間に(メールのやり取りはしていても)お話したいことが山ほどありました。
でも、待ち合わせ場所で一目お顔を見ただけで、もうそれだけで十分胸がいっぱい。

そのお方の半径数メートルには、ボールダーの空気が溢れていたので、もう何も言葉にしなくてもいいくらい満たされた気分です(えらい誇張してますね ^^;) そうなると、最近ご無沙汰で、かつ、普段は日本では滅多にしないハグハグも、自然に行動に出てきます。

アメリカ人のご主人さんと息子さんご夫婦も連れ立って、お食事にお連れしたのは、梅田の高層ビルがひしめき合う一角のたこ焼き屋さん、客がセルフで焼くスタイルのお店なので、たこ焼き作りを体験したい人には、国内外問わず観光客に受けのよいお店です。ボールダーで牧師&ヒーラーをしているご家族の皆さんにも大変気に入っていただけて良かった。

一緒に他愛もないお喋りしているだけで、ボールダーにいた時の感覚が蘇ってきます。
その時私はいつもより自分の表情が心の底からのアクションになっているような気がして、身体が軽やかになるのを感じました。(8年前の私は今より若かったなぁ~というのも含め・笑)

いえ、普段からも伸び伸び好き放題させていただいておりますが(^^;)
やっぱり日本(大阪)の土地柄?それとも文化的?(よくない風に捉えてしまうと)少し窮屈な今の環境に埋もれて、当時の開放感を少し忘れてたのかもなぁ~と気づかせられたり。

『あぁ、この感覚が私にとっての「ホーム」とか「リソース」なんだよなぁ』と再確認。大阪に居ようが、どこに居ようが、自分のいる場所が変わらず「ホーム」であることも忘れないでおきたいと思います。

そこの住人になるほど長く滞在していた訳じゃないけど、やっぱり「帰る=ホーム」を感じる場所ってあるのだと思います。こんなに幸せいっぱいな気持ちで満たされたので、そのこともあってか、夕方からのクレニオのセッションは、クライアントさんと共にとっても静かに、深く入っていくことができました。

ボールダーからの土産に、フラットアイアン(山)の風景画を大きく焼いたものをいただきました。
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(Table mesa側からflatironを眺めた光景)


この写真の右半分は、まるで鼻の長いおじさんが上を向いて寝ているように見えますが、これには言い伝えがあって、この山の麓にはインディアンの銅像があって、そこにインディアンの呪いがかけられているのだそうです。

「一度ボルダーを訪れた人は、インディアンの呪いによってボールダーを離れられなくなり再び戻ってくる」というのです。ボールダーの街が大好きになった人達が冗談でいう言い訳に使われてもいるそうですが、私も例にもれず、インディアンの呪いがかかっているんだと思います(^_^)

私自身は、そこに長く住人として滞在した訳ではないけど、単なる観光客としてではなく、ロルフィングのトレーニングを全身で学んだ、特別な街だから余計に思い入れがあるのでしょうかねぇ~。

あれからも私の英語力は中途半端なままですが、また機会を見てボールダーに帰りたいです。



| 私的つれづれ | 23:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アイダ博士のことば - Rolfers are...

ロルフィングの創始者、アイダ・ロルフ博士の言葉にこういうのがあるのを発見しました。

"Rolfers are people who are dealing with the experience of the body, not with what they think the body should be"
- Ida P Rolf, PhD


「ロルファーとは、からだでの体験を扱う人々であり、カラダはこうあるべき!なんてことは扱わない。」
- アイダ・P・ロルフ博士



「短気は損気」という言葉がありますが、「べきべき人間」は損をします(笑)

秩序は必要ですが、それに自由な動きを妨げられないように、それは無秩序とは違います。本当に楽でしがらみのない身体が土台にあれば、身体は自ずと「秩序」を伴って整列されてきます。

その助っ人が重力だとロルフィングでは考えています。

| 私的つれづれ | 01:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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父のお墓(四海和心)

( 父のお墓の話(前半)はこちら です )


まだ誰も入っていないお墓。


私がこのまま独身、あるいは、お嫁に行っても出戻ることがあれば(出戻らなくても)(^^;) 、ここにお邪魔する可能性があるので、私にとっても自分が入るかも知れないお墓です。


なんとなく不思議な気分です。


墓に掘ってある言葉は、

「四 海 和 心」

父が自分で考えた四字熟語です。


最近のお墓は、墓標に刻む文字を、よく見かける「○○家の墓」でなく、その人の人生そのものをアート的に表現するスタイルも出て来ているそうです。(これも初めて知りました)


自分の好きな言葉でもいいし、愛好品の絵とか、好きな花の写真を丸ごと墓石に彫り込んだり、他のお宅のお墓を見ているだけでも、人の人生っていろいろあるんだなぁ~と思わせられる墓石がたくさんありました。

「愛」「上を向いて歩こう」「絆」「祈」とか、こういうのはまだノーマルな方で、他には、墓石の上で自分の酒好きを表現したフレーズ、好きな花言葉、花の絵、自分がバイクに乗っている写真をそのまま墓石に掘るとか・・・中には「こんなことを墓石に書くの?」なんて、当人でなければ理解不能な言葉やイラストを墓石一面に表現している人もいます。


父は、自分の墓に何を掘るかを決めるとき、墓地の管理人から


「自分の人生や信念を象徴する言葉を掘る人が多いですよ」


と聞かされ、それから暫くの間は自分の過去の人生を振り返ったり、気になっていた観光地に再度出かけたりする作業を数ヶ月つづけていました。


いつも他人の世話を焼くことに忙しい彼が、自分のことに動いているのは珍しいことです。


そんな作業を通じて決まった言葉が「四海和心」でした。


最初は、漢字だけを見せられてもさっぱり意味がわかりませんでした。


意味を聞かされて、はじめて納得〜。


「四海」は東西南北の海。海は、どの方向にある大陸とも、水で繋がっていて、どこにも隔たりがない。国や人種が違っても、どんな遠くに離れて暮らす者同士も、私たちは、四方に広がる海を通じて「調和の心」で繋がっている。
「和心」は「なごむ」、「平和な」、みんなが仲良く調和しあっている様子。家族や関係する人達は、住む場所が離れていても、皆が仲良く関わりあっているのである。


と表現しているそうです。


まるで「人生みな兄弟」みたいなノリですが、なるほど、父らしい言葉に収まったなと思います。


そのとき「四海」の意味を聞いて、私はなんとなく身体じゅうに張り巡らされている筋膜のネットワークのイメージを頭に思い描いていました。


どこまでロルフィングに紐づけて考えてしまうというね(笑)

でも何か共通するものをそこに感じました。


(お墓の話はこれでおしまい)





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| 私的つれづれ | 03:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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父のお墓(開眼供養)

ある人のツイッターにお墓の絵が載っていて、それでふと思いだして書いてます。

私の父が昨年、自分の入る予定の墓を立てました。


彼が自分のお墓をどうしたいと思っているのか、私もこの歳になるまで聞いたことがないまま、父は着々と「自分のことは自分で」でと計画をすすめていたようです。


お墓の話題を父としたのは、私がまだ小学生くらいの頃しか覚えていない。



その時も、自分のお墓はどうしたいとか、墓はなくてもいいとか、自分が過去に出会った人で歳を取れば、なかなか会えない人もいるから皆の目に止まる場所がいいとか、あーだ・こーだを自分の将来をシュミレーションしていた時期があったなぁ~。


実際建てられたものを見せてもらうと、
自分の墓の隣りに、もう1つお墓がたてれる位の敷地が用意されている。

聞けば、父の兄弟(私の叔父叔母)や子供や孫、身内じゃなくても他の誰かが自分の隣に別の墓を立てたい人がいるなら場所だけは譲ってあげる…と言うことらしい。少し変わっている。

墓参りしやすいように、わざわざ表通りの道幅の広い角地に墓を用意しているところも、父らしい。

死んでまで周囲の人達と一緒に集まっていたいのか、お世話を焼きたい気持ちがあるようです。それは、別の側面から見れば、生きている間の住居と同じように、死んでからも安定した場所に居たいという気持ちの現れなのかなぁ…思ったり(これってある意味、執着とも言える?)。


私ももう少し歳を取ればそんな心境が判ってくるのでしょうか。。。?執着は生きている間にだけあるような気もするのですが。


果たして自分が死んだあとに墓参りに頻繁に来てくれる人って、本当のところどれだけいるのでしょう。こればかりは死んでみないと判りません。家族以外に所縁があった人とか、今どきは家族ですらなかなか来てくれないという話も多いご時世ですしね。

死んだあとの魂は、きっとそんなことを気にはしていないように思うのですが(^^)



そんなこんなで、お墓は完成し、
過日、開眼式(開眼供養・墓開き)というものに初めて参列しました。


ちょうどその時期の私はロルフィング・トレーニングのオーガナイズの仕事で、超忙しくしており、1日でも休日があれば身体を休めていたい気分の頃でしたが、家族の大事なイベントだから必ず参加しなさいとのお達しが来て(まぁ当然ですね)寝不足を押して、移動するには遠く感じる郊外にある墓地に向ったのでした。


こういうイベントは、一生のうちに滅多に体験できるものではないので、私自身も勉強になりました。


「開眼式」なんて言葉も知らなかったのですが、これは弔事ではなく、慶事なんだと初めて知りました。


年長者から若輩者まで、家族全員が初めて体験するイベントだったので、行事の進行には興味しんしん

式の最中は、お墓を前にして、神妙な面持ちをして参列していれば良いのかな?と思いつつ、「でも、まだ誰が亡くなった訳でもないんやしね~」って感じで、カラっとした気持ちのいいお天気と同様、明るい雰囲気のまま式が進んで行きました。

そんな中、RPGゲームに出て来そうなイメージそのまんまの格好をした僧侶さんの儀式の所作に、思わず私がツッコミを入れたら、他の兄弟・姉妹達には大ウケ。皆クスクス笑いをこらえるのに必死で、淡々と儀式を進める僧侶さんをそばで現場は収拾がつかなくなって大変でした(笑)


RPGゲームのイメージとは、僧侶さん聖水を撒いたり、呪文のような聞き慣れないお経を唱えている様子のことです。ドラゴンクエストの世界。


よく考えたら、魂を受け入れるための神聖な儀式なんだから、笑っている場合ではなかったんだよな(^^;)
相変わらず、何でもカジュアルに反応してしまう家族たちよ〜。僧侶さん、失礼しましたと心の中でお詫び。



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筆を墓に向けてシュッー!とまるでダーツを投げるように向ける僧侶。

(開眼する瞬間、僧侶の手の動作が機敏なので、手の後ろにスジが走ってるのが写ってる!?・・・ように見えましたが、もしかしたら、僧侶さんの所作から放たれたエネルギーがカメラに映ったかも知れません。)


お米をお墓にぶちまける動作もありました。

1つ1つが興味深いものでした。


その所作のどれもが、とても凛としていて、その瞬間は、拝見している私達も、何やら身の引き締まるような、清涼かつ明瞭な感覚が伝わって来たように思います。



お墓の話は、まだ続きます。
 ↓
父のお墓「四海和心」



| 私的つれづれ | 02:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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トイレの神様

どこかで流れていて、耳に残った最近の一曲。

「トイレの神様」植村花菜



近頃は街の中を流れるバックミュージックに耳を止めることが少なくなった。

これはそこそこ年齢を重ねたせいなのか?
それで時間が過ぎるのが早く感じている1つの現象なのかも知れない。

そんな中で何故かこの歌手のシンプルな歌声に、耳が立ち止まった。
歌詞を頭で理解するよりも先に。


Youtubeで歌が聴けます。




これをフルで聴いて、泣けた。


自分のおいたちと重ねてみる。


6歳から父子家庭で育ったので、この曲に出てくるおばあちゃんは父に置き換えられる。

私の父は、他の人よりもいろんな事を器用にこなせる人で、いつも周囲に人が集まって来るような人。


私が小学校にあがるときから、彼から生きるための知恵を教えてもらってきた。


掃除、洗濯、料理、裁縫、畑を耕すこと、日曜大工、壊れた物の修理、他人に奉仕することの効用…など。


一番よく言われてきたこと。

既製(既成)のモノに頼らない。
既にあるものは、自分なりに活用する方法を考えることと、
無いときに、すぐそばにあるという理由だけで
既成(既製)のモノに飛びつくのではなく、
自分で工夫してそれを更に超える方法を見つけること。

そんな発想が行動のベースになっている父は、
たまに妙~なことまで教えたりすることもあった。


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この曲に出てくるトイレ掃除のシーン。


私には、トイレ掃除といえば、別のエピソードがある。


あまりにも強烈なので、なかなか他人に話しするタイミングがはばかられるエピソードだ(苦笑)



ある日突然、父がよそのお宅で使われていたであろう洋式便器を家に持って来て、私にこれを洗いなさいと言った。

あれは、この曲と同じで、まだ私が小学校3年生の時。

便器はどうやら、取り壊したよそのお宅のものを大工さんから誰かその筋の知り合いから貰ってきたようだった。

父は大工でもないが、自分の家を1人で増改築するのも好きだったので、きっと新しく作る部屋に使うつもりだったのだろうかと思えば、「壊れてもいないし、まだ使えるからや」との事。
(↑ 保管していてどこで出番があるんだろう?と思った)


その時、私は洋式トイレ便器の洗い方をみっちり細かく教えられた。

その便器は、当時ではまだ地元に普及率の少なかった水洗式の便器。
当時の自宅の便器はすでに洋式だったけど、昔ながらの大きく穴が空いたのポットン便器だったから、それに比べたら、水洗式は構造が複雑である。

「なんで、よそのお宅の人が使ってた便器を洗わなあかんねん」

「こんなん普通、専門の業者が洗うんちゃうの?」

内心そう思いながら、
外からは見えない便器の裏側や隅っこのこびりつきや、斜めから表面を見てようやく気づく程度の薄いススも綺麗にすることとか、ブラシでこするだけでは取れない箇所の落とし方を、まるで職人技を教えられるかのように、教えられた。

「ほら、まだここに汚れがあるやろ」

何度きれいに洗っても、父のOKが出るまでどれだけの時間がかかっていたのだろうか。。。

自宅の玄関前で。

どれくらいかけて洗ったか覚えてないけど、幼い私にはとっても長い時間だった。





あの便器はどうなったんだろう。。。


その後の行方はよく覚えてない。
確か、近所のお宅が建て替えするときに、譲ってあげたのだったっけ?


あれだけ時間をかけて、知らない他人の汚物がついてたのを頑張って磨いたのに、あっけなくよそ様のお宅に行ってしまった事は今でも不可解で、どうして彼は、まだ小学生低学年で、ブラシを持つ手の握力がさほどもない娘に便器を掃除させたのだろうか…


今でもナゾだー。


トイレ掃除(特に便器)をするたびに、今でも当時のことを思いだす。


自営業なので父は今も現役で働いているが、今でもちょっと変わったことばかり言っている。


しかし、彼の、人が見逃しがちなところを丁寧に見て、考えていくというプロセスを重視する傾向は、ロルフィングに関心をもちはじめ、いづれロルフィングを生業にした今の私にとって(つい最近だけど)共感できる部分を発見するようになったし、また、こういうことを彼と共有できるようにもなってきたように思う。

当初、ロルフィングへの理解も皆無だった父も、最近は私がロルフィングのことや、ロルフィングを通じて得たものを彼に時々紹介したりするうちに、彼自身の発想と似たものがあることに気づきはじめ、難しいことは判らなくてもコンセプトは理解してくれるようになった。


うまくは書けないが、
彼の職人仕事も、私がロルフィングでやっている事も、もともとは同じことなのかも知れない。


相変わらず、父はカタカナ英語の「ロルフィング」の名前を覚える気はないし(笑)、私が何をしているかはよく判ってはいないが、おそらく私の近しい人の中では、父が一番の「私のロルフィング」への理解者だと思う。



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「トイレの神様」の歌を聴いて、改めてそんなことを想いめぐらせました。


この父の子供に生まれて良かったです。


ロルフィングが生活の一部になっていきてる今、より強くそう思う。
歌を聴いて、一巡した気分になりました。


この曲の歌詞さながら、

” ホンマにありがとう "




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| 私的つれづれ | 23:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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| 私的つれづれ | 17:20 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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